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milestone ブログ

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トリップ -8

~現実 納戸にて~

「痛い」

物を考えながら、いや、遠い過去にトリップしながら探していたら、足を何かにぶつけた。
そこには探していたビデオデッキがあった。持ち帰るには少し大きかったが、もう一度あのビデオを見てみたい。その衝動のほうが大きかった。私は手に持ちながら、そこに落ちていた一つの手紙を見つけた。そう、あの時、私宛にあの白い服の女の子確か名前は「ちーちゃん」だったはずだ。そう、ちーちゃんが書いてくれたものだ。
手紙にはこう書かれていた。

『私は先に光の世界に行ってくるね。もし寂しくなったらいつでもいってね。私はいつでも近くにいるから ちーちゃん』

そう、この手紙の後にちーちゃんはいなくなった。そう、そんな記憶が残っている。
ただ、約束していた。もし再会するのなら、あの森の、あの木のところで。そこを私たち三人の秘密にしよう。
『どうしてもつらくなったら、あの場所で再会しましょう』
そう、約束したんだった。
思い出した。あたるがどうしてあの場所にビデオテープを埋めようとしたのか。あの場所は私にもあたるにも忘れることが出来ない場所なのだから。
ただ、私はあれからあの場所へは行かなかった。いや、行けなかった。行きたかったけれどそう、行けなかったんだ。
それに、どこかでわかっていた。ちーちゃんはもういないってことを。
どうしてかはわからない。けれど、そう思っていたからあの場所にはいけなかったんだ。
私はどうしてこんな大事なことを思い出せなかったんだろう。わからない。けれど、あの場所はあたるにとっても特別だったはず。だから、この「エンジェルミスト」という秘密もあそこに埋めたかったのかもしれない。

私はそう思いながらビデオデッキを持ってタクシーに乗った。そう、この手に持っているビデオを見たかったからだ。綾瀬に会う前に、もう一度だけ。



家について、ビデオデッキをテレビに接続した。このビデオは私と綾瀬した最期のトリップだ。いや、正確には最期のトリップ前の映像。私はビデオを見る前に記憶にダイブした。

~回想 戻れない選択~

綾瀬とラブホに行った日。私は自分の気持ちを言いそうになっていた。
「綾瀬に恋をしている」
という事実を。けれど、一歩踏み出せなかった。どこかで嫌われたくなかった。いや、無理やり押し倒してじゃなく、綾瀬の気持ちを知ってからが良かった。だから、私はこの日何も出来なかったんだ。ただ、そんな風になんて私と綾瀬が二人でラブホから出たところを見たら思わないだろう。そう、他人から見たら。ラブホから出て、私と綾瀬は学校に向かった。

「綾瀬、ちょっと待っていてね」

夜の校舎は少しだけどこか懐かしかった。倉庫に忍び込んで指輪を隠した。そこに隠していたあたるの分の「エンジェルミスト」を取り出した。それともう一つ。ここにおいてあって未使用の注射針も持ち出した。変わりに綾瀬から預かった指輪をここに入れた。
倉庫を見渡してみた。この倉庫から機材や薬品はなくなっている。けれど、そのほかは何も手をつけられていなかった。ずさんな管理だな。私はそう思った。窓を開けて、木に飛び移った。そして、そのまま木を伝って塀近くまでいった。
一旦外に出てから綾瀬がいるところを目指そうと思った。もう結構、綾瀬を待たしている。走ってその場所に向かった。けれど、そこにいたのは綾瀬じゃなく片岡だった。

「な、なんで片岡がここに?」

私は不思議に思った。

「ふん、なんで俺だけのけものなんだ。お前ら二人はラブホでいちゃいちゃしやがってよ。ま、だから俺も同じ恩恵をうけたったわけさ。でも、なんかあんな傷だらけの体じゃあんまり燃えないわな」

そういって片岡は消えていった。一瞬頭が真っ白になった。綾瀬はいったい。

「綾瀬、綾瀬」

私は不安な思いから叫んでいた。森の奥から声が聞こえてきた。

「陸?陸なの?」

細く、震えている声が聞こえた。

「綾瀬、どこにいるの?」

私は声のするほうに行こうとした。すると綾瀬から
「来ないで、大丈夫だから」と返ってきた。

見られたくないだろう。でも、この理由は私にもある。ラブホから出たときに注意をしなかったこと。綾瀬をこんなところで一人待たせていたこと。私に出来ることなんて少ないのかもしれない。私は
「綾瀬、シャツをここにおいていくから良かったら使って。じゃ、明日連絡するよ」
というのが精一杯だった。
次の日綾瀬は学校に来なかった。


綾瀬が学校に来なくなって五日がたった。この間にも世界は変わっていった。あたるが退院をした。そう、あたるから光の中でちーちゃんに会った話を聞いた。そして、もう一つ、
「トリップのしすぎで自律神経だけじゃなく、脳の一部の細胞が変化している」
ことを告げられた。
そう、私たちは知らず知らずのうちに変化していたんだ。それもあまり良くない方向へ。一部の記憶障害と感情の抑制が効かなくなるということ。そして、心臓への負担が大きいこと。そう、私たちは天使だけでなく悪魔にも魅了されていたのかもしれない。

「そろそろ、ヤバいんだけれど、どこかでやらねえか?」

片岡が言ってきた。お前のせいで綾瀬がどれだけ苦しんでると思うんだ。私は言葉に出そうになった。でも、同じく禁断症状はあたるにも出ている。どこがいいだろう。煮沸がしやすいところがいい。カラオケとかだと注射器を煮沸しないといけない。前みたいに事前に煮沸して滅菌パックに入れるなんて事も出来ない。下手に感染症になってしまったら、今度は隠蔽することも出来なくなってしまう。そう、この注射針を取りに行くために夜中部室に行ったのも事実だ。注射針を消毒もせずに使いまわすなんてことは出来ない。
けれど、そのせいで綾瀬が苦しむことになっている。それも事実だ。

「場所だけど、合宿場なんてどうだろう?
この時期別にどこの部活もそんなに使っていないから泊まれると思うんだ」

あたるがそういってきた。確かに学校の離れにある合宿所ならば水道もある。キャンプ施設も近くにあるため煮沸することも難しくない。三人で行くのか。綾瀬もそろそろ禁断症状が出てくるころだ。だが、あんなことがあったから私は悩んだ結果、今回私は参加するけれど、「エンジェルミスト」を使わないことを決めた。そう、使うなら綾瀬と二人がいいからだ。私はこの時思っていた。
片岡にあの時の真相が知りたいって。綾瀬を本当に襲ったのか。出来れば未遂であってほしい。それに、片岡の心の奥底にある何か黒い塊なものを引きずり出したい。そう、エンジェルミストは何かを聞きだすには一番いいのかもしれない。
直接聴きだすには抵抗があるけれど、あの瞬間ならば誰もが心に壁を作らずに話してくれるから。そして、もう一つ。その質問があの抜け出すときのなんともいえないどす黒いぬめっとした感覚を強くしてくれる。綾瀬が味わった苦しみを片岡も味わうといいんだ。
私はそう思いながら合宿場の使用申請を出していた。
 私はあたると片岡に合宿所でトリップをすることに同意をした。手続は私が行った。
 学生課に行って、申請書を提出する。特段それだけで合宿所が借りられる。こんなに簡単だなんて思っていなかった。しかも即日から借りられるなんてずさんなのか、申請があれば全て受理しているのかどちらかなのだろう。私は即日使えることをあたると片岡に伝えた。一泊のため、そのまま合宿所に向かった。
 合宿所は広い運動場に面していた。奥に体育館の少し小さいつくりの建物がある。中に入ると小さく部屋が分かれており、その中の「鳳」という所を借りた。中に入ると6人くらいが寝泊りできるスペースで、布団も押入れに入っていた。どこかかび臭い布団だった。部屋の置くには炊事場があった。多分カレーか何かを作るのか大きな鍋がいくつもあった。少し小さい鍋もあったので、この鍋で注射器が煮沸できると思った。炊事場からはすぐに建屋の外に出られる扉があった。
 使い古されているけれど、誰もいない環境。トリップするにはいいところだと思った。

「おっ、なんか湿気た合宿場だな」

片岡が話してきた。私には十分過ぎると思った。確かに体育会系から遠い私とあたるはこういう場所には実はあんまり縁がない。いつもは実験室で寝泊りして、パイプいすを並べて眠っていた。いや、遠いどこかの記憶では草の上で寝転がっていた記憶がある。思い出せない。どうしてか昔のことを思い出すと頭が痛くて何かロックがかかっているように感じる。

「一応、自炊するときはここにあるものは使っていいんだって」

 あたるは壁に貼ってある注意事項を確認していた。特に何かを作るわけでもない。注射器を煮沸して、水分をふき取るだけだ。念のため、未使用の布巾を持ってきた。

「おい、お前らキャッチボールしないか?」

片岡がそういってきた。
用具室の奥にグローブとボールが転がっていたからだ。前に使っていた野球部がおいていったものかもしれない。こういうものの管理もずさんなのかも知れない。いや、ずさんだから、『エンジェルミスト』が作れたのかも知れない。管理の厳しいところだと勝手に何千万もする機材を使って何かを作っているなんて出来ないからだ。
 でも、片岡からキャッチボールという言葉が出てきてビックリした。片岡は野球から離れたがっているはずだ。けれど、野球がいまだに片岡自分の中心であることもわかっている。ある意味片岡もかわいそうなのかもしれない。心の中では少しわかっている。
でも、わかりたくない。拒否感だけが今の私にあるのかもしれない。もう少しの辛抱だ。私はそう自分に言い聞かせながら片岡とあたるとキャッチボールをしていた。

「なぁ、体を動かすっていいだろう。こんなスカッとするのに、もう自分の満足にもいかないパフォーマンスしか出せないんだぜ。このつらさがわかるか」

片岡が感傷的に話してきた。いつになく話しかけてくる。多分、自律神経のバランスも崩れかけている。そう、怒りやすくなったり、親しくない人間にやけに親しく話したり。禁断症状。あたるも医者から言われていた。なんだか、私たちは重度の精神患者に近い分泌物が脳にあふれているらしい。
だからなんだ。じゃあ、今まで飲んでいた安定剤を飲んだら苦しみから解放されるとでも言うのか。ありえない。だったら、今までにもう救われていてもいいはずだ。苦しみから。私はそう思ってた。

「陸、どうしたの?」

あたるが話しかけてきた。

「いや、なんでもない。大丈夫だよ」

私はもう自分で自分が抑えられなくなっているのかもしれない。禁断症状。私もある意味限界が来ているのかもしれない。おそらく綾瀬も同じのはず。「エンジェルミスト」は一人でトリップしてもいいことなんて何もない。誰かといるから、トリップしたい思いがあるからあの世界にたどり着けるんだ。だから、このメンバーじゃダメなんだ。片岡ほど私はまだイカれていない。

「早めにトリップしないか?」

私はそういった。ここにいる三人に共通しているのは家に帰りたくないだけだ。あたるはこの前の騒動でまた家に居場所を感じれなくなった。片岡は弟が前評判とおり指名が集中し、プロ入りが確定した。私はいつでも一緒だ。だから、時間をかけて過ごしたい。その気持ちはわかる。でも、私が行きたいのはここじゃない。光の世界。そして、綾瀬がいる世界。ここではないことだけは確かだ。

「じゃ、僕からでいいかな?」

あたるが言い出した。前の0.003mgで戻ってくるときのあと状態。不安だった。

「大丈夫、今日は体調もいいから」

あたるはそういった。キャッチボールから抜け出して炊事場に向かった。
キャッチボール中に煮沸しておいた注射器の様子を見た。いい感じに煮沸できている。ただ、キャッチボールなんかをしていたから、肘から指先までエタノールで消毒をした。もし感染症が起きたら今度こそ大問題になってしまう。私は自分の消毒が終わり、注射器を取り出し、きれいに水分をふき取って、用意をした。
「あたる。用意が出来たよ」
 私はあたるを読んだ。そして、あたるに0.003mgを注射した。

「大丈夫だから」

注射する時、あたるはこう私に言って来た。私はあたるの目をしっかり見ていた。どんどんあたるの焦点がずれてくる。トリップの始まりだ。
ビデオカメラで撮影を。習慣になっているけれど、ビデオはここにないことを思い出した。そう、綾瀬が持っていたからだ。私たちはただテープだけを買っていた。本体は綾瀬が持っている。私はあたるを見守ろうと決めた。

「おい、陸」

片岡がいきなり私の肩をたたいてきた。

「なんだよ」

抑えていたはずなのに、感情がとめられない。私は片岡を気がついたらにらんでいた。

「ふん、お前綾瀬とのことが気になっている?あいつ噂だったんだぜ。誰とでも寝るって。お前だって寝たんだろう。だったらいいじゃねえか。それとも何か?その他大勢のうちに俺が入ったらお前はいやなのか?」

片岡ははき捨てるようにそういった。怒りがこみ上げてきた。片岡は何も知らない。綾瀬の苦悩も。あの涙も。綾瀬だって抜け出したかったんだ。そして苦しんでいたんだ。それなのに、その思いを知らないで片岡はただ綾瀬を踏みにじったんだ。わなわなと体が震えだした。けれど、口に出たことはでも、違った。

「過ぎたことだ。それにお前に何かをしたって時が戻るわけじゃないからな。血走った目してるな。限界なんだろう。なんだったらあたるが戻ってくる前に片岡もトリップしてみるか?」

私はそういって、片岡に注射器を突き出した。あたるの分を用意するときに片岡の分も用意していたからだ。針だけはまだプラスチックのキャップがついている状態だ。いつでも片岡をトリップさせることが出来る。もう少しだ。もう少しでこいつを黒いあのぬめっとした感覚に陥れてやれる。
そう、今ここで片岡と口論しても始まらない。そんなことで私の気持ちは晴れないからだ。
綾瀬が誰とでも寝るなんて、何も知らないからそういえるんだ。苦しみから逃れたいから。無くした何かを取り戻したいから。色んな思いがあっての選択だったんだ。あの時綾瀬は変わろうとしていた。片岡さえあの時現れなければ。私は自分の思いを押し殺して、片岡に腕を出すようにいった。何の疑いもなく片岡は腕を出した。

「じゃあ、よいトリップを」

私は片岡用に用意していた0.004mgを注射した。お前はもっと深くまでトリップするがいい。例え戻って来られなくてもいい。片岡がしたことを考えたらそんなこと贖罪でもなんでもないからだ。
ぐらぐらゆれてくる片岡を見ながら少しだけ優越感に浸っていた。多分私の中で何かが壊れている。それだけはすごく感じられた。

時計を見る。まずあたるが覚醒する時間だ。負担を減らすため、ダークになるような質問はしない。

「あたる、ちーちゃんには会えたか?」

私は優しく話しかけた。ちーちゃん。私はどうして忘れていたのだろう。記憶のどこかにまるで大事にしまいすぎて気がつけなくなっていた。不思議だった。あれだけ私の心に深く存在していたのに。悩んでいる私にあたるがぼそぼそと話し出してきた。

「ちーちゃん。やさしく笑ってくれた。光の世界で先に待っていてくれた。でも、空をうまく飛べなかったんだ。」

一瞬固まった。何かが心の中で響いた。私は何かに目をそらし続けている。思い出したい。
いや、けれど、これは思い出しちゃだめなんだ。どこかで何かが制止をしている。私は頭を抑えた。妙な音がする。なんだ、この変な何かが地面にぶつかる音は。音が刷るほうを振り返った。振り返ったら片岡が覚醒しはじめていた。すでにイスから転げ落ちて地面に向かってぴくぴく動いている。私は片岡に質問をした。そう、これからがメインなんだから。

「綾瀬にあの夜何をしたんだ?」

私はきつい口調でつめるように片岡に言った。右手で握ったこぶしがうまく握れずにプルプル震えているのがわかる。興奮しているのか?それとも禁断症状なのか?わからない。でも、その思いを吹っ飛ばす話しを片岡は話し出した。


~片岡~

「おい、何してるんだ?」

暗闇の中で待っている綾瀬に片岡は声をかけた。

「陸があの中にいってるんだ」

綾瀬はそういって研究塔を指した。出入り口は封鎖されている。けれど、木から屋上に上って、その後窓から窓を伝って陸は研究塔に登っていった。綾瀬はそれを見て不思議に思っていた。

「なんか陸って、木登りの才能でもあるのかな。あんなにすばやく登れないだろう。前にでもこう登ったことでもあるのかな」

片岡が不思議そうに見ながらそう言っていた。確かに、2階建くらいの高さの木々を伝っていく。しかも研究棟は施錠もきちんとされている。もし、施錠されていない窓があるとしたら鍵の壊れているあの倉庫の窓くらいなものだ。その窓にまっすぐに移動していく陸を片岡は不思議そうに見ていた

「んで、お前ら先にエンジェルミストつかっただろう?」

片岡はそういいながら、綾瀬の肩をつかんだ。

「痛いって何いきってるの?そういうのかっこ悪いよ」

綾瀬は片岡に持ち上げられながら話した。

「ふんお前みたいな細いの襲っても何も楽しそうじゃないしな。それに、傷だらけの体に、あの噂だからな」

片岡が履き捨てるようにいいながら、綾瀬をおろした。

「ちょっと、何しってるの?」

綾瀬は動揺しながらいった。

「何って、そりゃ誰とでもやる。やったら金をせびる。金を出さないやつにはひどい仕打ちをする。それにあれだな。噂だと実家に子供まで本当にいるって話じゃないか」

片岡のセリフは綾瀬には応えた。

「何でそのことを知ってるの。まさか陸にいったの?」

震える、消えそうな声で綾瀬はいった。

「さぁな。でも、俺が直接言わなくてもエンジェルミストでトリップしているときに陸が聞き出すかもしれないぜ。ま、俺からか綾瀬からかは知らないけれどな。俺にはどうでもいいことだよ。綾瀬を襲っても俺は金もないしな。ま、お前ら二人ラブホテルでいちゃいちゃしてたんだろう。誰にも見つからないようにするんだな」

 片岡はそう言って綾瀬の元を離れた。そうそれだけだったんだ。私はてっきり片岡が綾瀬を襲ったものと思っていた。

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